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共同親権運動


無名の人々こそが主役だ
入り口に列ができて席が次々埋まっていった。11月22日の神戸市での共同親権シンポに発言者として参加した。政治家や弁護士が登壇する中、主催の坂本ゆうさんはぼくの肩書を「作家」にしていた。 子どもを奪われた当事者として発言した当初から、仕事はずっとライターだ。その間に本も出したから、作家と呼ばれる機会は増えた。だけど共同親権運動で発言する際に他人から求められる役割は「活動家」。その呼び名が落ち着きがない自分の性格にあっていることは、不本意ながら知っていた。 2026年4月の施行を控えて、共同親権の改正民法の評価や親子の生き別れの解消に向けての行動がいろいろ提案された。ぼくの子どもたちも会えないままに成人した。聞きたいのはぼくのほうだよ。 その後の懇親会で出会った人たちは、制度が味方をしない中、18年前にぼくがしたのと同じ苦い経験をし、自分の問題を解決できないままに歳月を重ねていた。驚くほど変わっていない。 「都会から村に人を呼ぶことはあっても村の人の話を都会の人が呼んで聞く機会はない」と、自己紹介でぼくはこの問題の裾野の広さを指摘した。この日刷り上が
2025年12月4日
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