愛実が連れ去られた なぜ娘は殺されなければならなかったのか? 親権問題の狭間で 第5話
- 共同親権運動

- 1 日前
- 読了時間: 6分
更新日:23 時間前

2016年、秋田市で児童養護施設から一時帰宅中の9歳の千葉愛実さん(当時小学4年生)が殺害された。殺したのは実の母。元夫で父親の阿部康祐さんは行政の対応に不備があったとして、児童相談所を管轄する県などに約8000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。
窃盗で逮捕され、拘置所から出てきた阿部さんのもとに、妻から「離婚しましょう」の電話が。阿部さんは家庭裁判所の調停を申し立て、月に1度娘と会う約束で離婚した。でもそれで終わりにならなかった。
離婚しましょう
拘置所から出所した私は実家で過ごすことになった。
結婚当時、中古住宅を購入して住んでいたのだが、事実上明美から締め出されたようなものだった。
私は離婚することを決めていた。離婚届をもらうために市役所へ向かっていた矢先、明美から電話が入った。
「離婚しましょう」
ただ一言それだけだった。
私は二つ返事で承諾し、行き先を市役所から裁判所に変更した。離婚調停を起こそうと思ったからだ。なぜそのように直感的に思ったのか、今でもはっきりと覚えている。前述したように、明美はトラブルメーカーでもあったし、私との約束は守るとは到底思えなかった。それに、まさかとは思っていたが、将来、人生を悲観して愛実を手にかけることも想像できたからだった。
調停で決められたことは裁判の判決と同じ効力がある。それくらいしないと愛実を守ることはできないと思った。明美は精神障害者で、働くことはおろか家事も育児もできない。私は親権を取れるものと高を括っていた。
妻がDV?を主張
調停1回目、明美は私からD Vを受けてきたと主張し、それを理由に親権を主張してきた。当然こちらも反論した。今まで明美は愛実を育ててこられなかったし、これからも育てることは不可能だと。しかも実際にD Vを受けていたのはこちらの方である。虚偽D Vを主張してくるとは。なぜそこまでして親権を欲しがったのか? 自分で子育てができないことは自分が一番知っていたはずである。
私は事前に親権を得るために調べていた。
「親権は、将来子供にとって利益を得られる方に与えられる」
法の立て付けはそうなっていた。当時は知らなかったのだが、法律は建て付けと運用が違う場合がある。そのことを知らないまま話し合いは平行線に終わった。



