共同親権を獲得する人たち第1回「子どもを見守り続けて」 名乗り出ないお母さんは18年を経て(中)
- 共同親権運動

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*本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、3回シリーズの2回目です。

【プロフィール】関きよみ*せききよみ
町田市在住。1965年生まれ、看護師。1997年に離婚し、5歳の息子と3歳の娘と離別する。2007年に「我が子に会いたい親の会」で同じ立場の親たちと出会い、当事者活動をはじめる。2024年から「親子の想いを届ける会・東京支部」で 、親の離婚を経験した子どもたちへの支援活動を行なう。
「子どもの姿を見守るだけで声はかけない」という約束で、関さんが離婚したのは1997年。それから子どもの住む町に出かけ、通う学校に行き、見守り続けていた。法改正の議論が2024年に高まる中、再び市民活動をはじめることになった彼女は、親と生き別れた子どもとともに、その子の自宅を訪問する。(宗像充)
「お母さんに会いたい」

ひょんなきっかけから活動を再開することになった。
今度は親たちではなく、親の離婚を経験した子どもの支援がその内容だ。そうはいっても、そういった境遇の子どもと直接つながる機会は少ない。
「お母さんに会いたい」と、さかんにシグナルを送っている子どもを見つけたのもXでだった。2024年の10月のことだ。
「高校生の子ども当事者さん(以下、Nさん)で、お母さんだと思っていた母親が継母で、実母じゃないと最近わかった。妹さんと扱いが違ったみたいなのよね。それで、Xでお母さんに会いたいと盛んに書きはじめて、それから2週間経って『心が苦しい』『早く会いたい』と会のほうにメールがきた」

