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共同親権運動


子どもが必要とするときまでのスタンバイ 共同親権を獲得する人たち第2回(前)
本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、2回シリーズの1回目です。 山本稔 【プロフィール】山本稔*やまもとみのる 広島県竹原市在住。1973年生まれ。 2010年に妻が出ていく形で別居し、3人の子どもたちと引き離される。 2019年に単独親権制度の違憲性を訴えた国賠訴訟、共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)元原告。離婚せず親権を維持したまま子どもたちとの関係をつなぐ。現在は脱サラして、太陽光への投資やグランピング施設の運営で、子どものための資金を稼ぐ。 山本稔さんとは、2019年にいっしょに単独親権制度の違憲・違法性を勝ち取るために国を訴えた。当時山本さんは「しがないサラリーマン」だと自分でも言っていた。訴訟終了後1年、広島の山本さんのもとを訪れると、ピカピカのグランピングの施設に泊めてくれた。今年9月に長女が成人すれば父母ともに親権者でなくなる。離れて見守り続けた16年、親子っていったい何だろう? 受付で息子が店番 山本さんのグランピング施設は、広島県竹原市の、国道2号線からほど近い山あいにある。 グランピングではドーム状の常
3月25日


「司法は私たちをアウトローにした」 座談会「共同親権訴訟、私たちの到達点」(下)
発言・宗像充(司会・元原告)、吉田文典(元原告)、小川雄二、菅原孝司、加茂大治(事務局) 2019年11月に提訴した共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)。2025年1月に最高裁判所が上告を不受理・却下することで終結した。 訴訟は敗訴で終わったものの、本訴訟は改正民法の議論と足並みをそろえて進行し、2024年5月に改正民法は成立した。原告団の解散後、行なわれた座談会では「共同親権という言葉を世の中に与えた」と訴訟の意義が強調された。(2025年7月5日、大鹿村) 会報「ちゃんと共同親権」準備号に掲載した記録、3回シリーズの最終回。 運動にかかわり続ける意味 ――僕も当事者性は小さくなっているんですけども、これから先、自分がかわろうって思ったんであれば、やっぱりおもしろくないとやる気がない。自分が困ってるから解決しなきゃいけないというのがこれまでの段階だったとすると、自分が関わってきたことについて、こんな中途半端な状態で放置されてそのままになってしまうっていうのは悔しい。でも中途半端であるがゆえに自分がかかわる余地がすごく大きい。僕も含めていろんな人が関わ
2月22日


「共同親権という言葉を世の中に与えた」 座談会「共同親権訴訟、私たちの到達点」(中)
発言・宗像充(司会・元原告)、吉田文典(元原告)、小川雄二、菅原孝司、加茂大治(事務局) 2019年11月に提訴した共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)。2025年1月に最高裁判所が上告を不受理・却下することで終結した。 訴訟は敗訴で終わったものの、本訴訟は改正民法の議論と足並みをそろえて進行し、2024年5月に改正民法は成立した。原告団の解散後、行なわれた座談会では「共同親権という言葉を世の中に与えた」と訴訟の意義が強調された。(2025年7月5日、大鹿村) 会報「ちゃんと共同親権」準備号に掲載した記録、3回シリーズの2回目。 裁判が世論に与えた影響「知らない人が多い」「周知活動のきっかけになった」 ――5年間の裁判で、並行して法改正の運動がずっとあった。この裁判自体が与えた世論への影響、手ごたえがあれば。 吉田 世論に影響を与えたかというと、与えきれていないというか、わずかしか与えていない。私の職場なり、お客さんの関係で、私の子どもに会えない境遇を知っている人が何人かいる。そういう人は全然わかっていない。嫁のほうが会わせたくないと言っているのに、何
2月21日


「差別的取り扱いは合理的」? 座談会「共同親権訴訟、私たちの到達点」(上)
発言・宗像充(司会・元原告)、吉田文典(元原告)、小川雄二、菅原孝司、加茂大治(事務局) 2019年11月に提訴した共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)。2025年1月に最高裁判所が上告を不受理・却下することで終結した。 訴訟は敗訴で終わったものの、本訴訟は改正民法の議論と足並みをそろえて進行し、2024年5月に改正民法は成立した。原告団の解散後、共同親権訴訟が持つ意義について座談会を行なった。(2025年7月5日、大鹿村) 会報「ちゃんと共同親権」準備号に掲載した記録を3回シリーズで掲載します。 法律の先を行った国賠訴訟 ――(司会 宗像) 5年間の訴訟の反省会は会の内部でしています(2025年3月)。 今日はそこに出席していない人が客観的な立場から見て裁判がどうだったのかを振り返りたいと思います。その上でこの裁判が今後の法改正とか世の中の動きにどう与えるのか、今後の市民運動の展望について議論したいと思います。
2月16日


法改正は法的支援
遅くなったが、共同親権訴訟の報告書を、訴訟終了後1年経って発行した。 編集に手間取って遅れていたのだ。 1月17日の高円寺の教会での定例会で仲間のボランティアといっしょに袋詰め、発送作業をした。ぼくが自助グループを始めたのは2008年からなので、この定例会は日本で一番息が長い。その間にぼくたちも様々に学んで力量をつけ、修復的な家族関係を築くグループワークも取り入れて、日本でも共同親権についての先進的な集まりの一つになっている。 そんなわけで、今日も「久しぶりに来ました」という数年ぶりの仲間が顔を出してくれた。 「自分の中では共同親権の活動が占める割合は低くなっても、ここで知ったことが役立っている部分は大きい」 彼は言う。それはぼくも同じだ。 以前は千葉の娘に会いに行く機会に定例会をもって、自分の話も聞いてもらっていた。今は聞き役が多いものの、今度は東京の仲間がぼくが暮らす村にも顔を出すようになった。今回の東京滞在中は立川の家裁の調停に付き添いで行った。司法に行っても子に会えない状況は18年間何も変わらない。法改正を求めて国を訴えた訴訟は何だったん
1月18日
