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共同親権運動


本当の共同親権の話をしよう4/12レポート
4月1日の改正民法の施行後、新聞やテレビの報道姿勢が劇的に変わることはなかった。日本の家族や結婚のあり方についての大きな転機にもかかわらず、大手メディアは法施行と共同親権に関する及び腰の姿勢に終始した。 記事を書いても書いても消されてきた、フリーランスのライターや編集者のめげない姿勢は、この問題がそれだけ日本社会にインパクトを与える、大きな問題であることを示してはいないだろうか。 当事者のたたかいと並行する形で、表現者たちのたたかいが続いてきた。4月12日、市民集会「共同親権って何だろう メディアが伝えないほんとうのこと」が、カトリック高円寺教会で開催された。書く場を奪われながら書き続けたライターたちが体験談を披露。40人が参加した。 共同親権は「ポリコレ」違反 「世界的には共同親権なのに、何で単独親権が『ポリティカル・コレクトネス』なのか?」 昨年「共同親権」について論壇誌の「情況」が特集した。編集長の塩野谷恭輔さんは、冒頭の講演で口火を切った。 「情況」誌は近年、キャンセルカルチャーや弱者男性など、論争になるテーマをあえて取り上げ特集記事にし
4月14日


住所判明後も繰り返し出された支援措置 佐賀県白石町
佐賀県白石町 加害者から避難するために、DVや虐待の被害者の住所を市区町村が隠す、「住民基本台帳事務における支援措置(以下「支援措置」)」における虚偽申告を認めて、妻(40代)・支援を行なった白石町が、夫(50代、会社員)に謝罪して和解した。 夫側が住所を知った後も、繰り返し妻は虚偽申請をし、白石町が不必要な支援措置を出し続けた。相談した実態さえあれば住所が隠せ、子の連れ去りに悪用される制度の問題点が明らかになった。 住所判明後も虚偽申請をし認められる 2016年に夫が妻に子どもを連れ去られたこの事件では、子ども2人と交流する2017年の調停合意の後、夫が、交流の時間延長の申請を佐賀家庭裁判所にしている。その際、妻と子どもの住所を審判書に記載するよう裁判所に申し入れていたところ、裁判所は、妻子が暮らす自宅の住所をあえて審判書に明記した。 以降、妻は夫から住所を隠す必要がなくなったのに、妻は、審判が出た数日後に、白石町に対して、夫を「加害者」として取り扱うよう、一年毎に期限が切れる支援措置の延長を引き続き求めた。 夫は、白石町に対して、「審判書に妻
4月10日


DVでっちあげ明らかに。被害者等支援措置における住所非開示の目的外利用 佐賀県白石町
加害者から避難するために、DVや虐待の被害者の住所を市区町村が隠す、「住民基本台帳事務における支援措置(以下「支援措置」)」における虚偽申告を認めて、妻(40代)・支援を行なった白石町が、夫(50代、会社員)に謝罪して和解していたことがわかった。妻との和解は、4月23日に、白石町とは3月18日に成立していた。 妻は2016年の別居に際し、当時5歳の長男と1歳の長女を連れ去っており、暴力防止のための支援措置が、子の連れ去り事件に悪用される実態が明らかになった。 暴力はなかったのに保護を求める 夫は、妻及び白石町に対して、妻が虚偽の支援措置の申請をし、白石町がそれを認めたことが違法だとして、横浜地方裁判所に対し、2022年3月に損害賠償請求を提起していた。 訴状関係資料によると、妻は夫に対し、夫が暴力を振るったことがないにもかかわらず、2017年10月には支援措置を申請した。その際、相談機関である白石警察署に、暴力を受け、かつ暴力によりその生命または身体に危害を受けるおそれがあり、夫が妻子の住所を探す目的で、住所が明示された住民票等を取得するおれがあ
4月9日


格子越しの卒業式観覧 鎌倉市が会場から父親を排除
格子越しに見る卒業式の風景がインターネットのSNSのX(旧ツイッター)に流れた。 3月11日、神奈川県鎌倉市在住の相川健司さん(仮名)は、今年鎌倉市立第二中学校を卒業する娘の卒業式を、体育館の外の渡り廊下から一人見守った。 卒業式から締め出される その日の朝、相川さんが卒業式に出席するために学校に向かうと、校舎の入り口で教育委員会の女性職員が待ち受けていた。式場に入ることを拒まれ、校舎入口で脇の席に通される。相川さんが、「入れてください」と頼むと、職員は「教育委員会の決定事項です」と説明した。市長も知っているのかと相川さんが聞き返すと、「市長にも報告を入れている」という。 押し問答の末に、渡り廊下からなら卒業式を見てもいいということになった。中を見ると、保護者席には複数の空席があった。 体育館の窓には格子があって、卒業式の事実を相川さんがXに投稿すると、閲覧数は1000万を超えた。 3月19日、今度は小学校を卒業する息子の式に出席するため、相川さんは、鎌倉市立第二小学校に向かった。一週間前に中学校にいた教育委員会の女性職員のほかに、男性職員が2名
4月1日


親権がないということ 共同親権を獲得する人たち第2回(後編)
*本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、2回シリーズの1回目です。 【プロフィール】山本稔*やまもとみのる 広島県竹原市在住。1973年生まれ。 2010年に妻が出ていく形で別居し、3人の子どもたちと引き離される。 2019年に単独親権制度の違憲性を訴えた国賠訴訟、共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)元原告。離婚せず親権を維持したまま子どもたちとの関係をつなぐ。現在は脱サラして、太陽光への投資やグランピング施設の運営で、子どものための資金を稼ぐ。 山本稔さんとは、2019年にいっしょに単独親権制度の違憲・違法性を勝ち取るために国を訴えた。当時山本さんは「しがないサラリーマン」だと自分でも言っていた。訴訟終了後1年、広島の山本さんのもとを訪れると、ピカピカのグランピングの施設に泊めてくれた。長男はすでに就職して結婚し、母親のもとにいる一番下の長女とも時々会うという。改正民法施行にあたり、山本さんの思いは。 親権がないということ 山本さんは、親権がなくなることを恐れて、妻から離婚を求められても応じず、15年間別居したままだ。しかし、
3月27日


子どもが必要とするときまでのスタンバイ 共同親権を獲得する人たち第2回(前)
本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、2回シリーズの1回目です。 山本稔 【プロフィール】山本稔*やまもとみのる 広島県竹原市在住。1973年生まれ。 2010年に妻が出ていく形で別居し、3人の子どもたちと引き離される。 2019年に単独親権制度の違憲性を訴えた国賠訴訟、共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)元原告。離婚せず親権を維持したまま子どもたちとの関係をつなぐ。現在は脱サラして、太陽光への投資やグランピング施設の運営で、子どものための資金を稼ぐ。 山本稔さんとは、2019年にいっしょに単独親権制度の違憲・違法性を勝ち取るために国を訴えた。当時山本さんは「しがないサラリーマン」だと自分でも言っていた。訴訟終了後1年、広島の山本さんのもとを訪れると、ピカピカのグランピングの施設に泊めてくれた。今年9月に長女が成人すれば父母ともに親権者でなくなる。離れて見守り続けた16年、親子っていったい何だろう? 受付で息子が店番 山本さんのグランピング施設は、広島県竹原市の、国道2号線からほど近い山あいにある。 グランピングではドーム状の常
3月25日


いないと思ったときに終わる
卒入学式の季節になり、子どもに会えない親たちが式に出ようとして、学校から断られたり、制限を受けたり、せつない体験を度々耳にする。 ぼくは世間ではニホンオオカミやニホンカワウソ等々、「絶滅してもういない」とされてきた動物たちの取材を続けてきた。それぞれ捜しつづける人達がいる。 彼らの一人に、「いないと思ったときに終わる」と教えてもらった。ニホンオオカミ研究の第一人者で、国立科学博物館の研究員だった故今泉吉典はそう言って、変人扱いされながらも、自身の遭遇体験を信じて探し続ける在野の探検家たちを励まし続けた。子どもの前に現れ続ける親たちの姿が、ダブって見える。
3月18日


教育現場の子どもの権利「ブラック〇〇」
私には連れ子の中学生の子どもがいます。非常に多感な時期を迎えていて、怒鳴りあったり、助け合ったりと、充実した毎日を送らされております。 問題が起きたのは入学してすぐ。 わが子がブラックのカチューシャをしていった時、突如、それは校則違反だと担任から言われてわが子は泣いて帰ってきた。 入学説明会での資料でも口頭の説明でもカチューシャが校則違反だとは説明がなかったのに、後出しじゃんけんで校則違反となるのはおかしいと、私は担任に抗議した。
3月17日


親子不分離を定めた子どもの権利条約9条1項が守られていないわけ
子どもに会いたい親たちが法改正の根拠として持ち出す条文に、子どもの権利条約9条がある。親子不分離を明記したその条文にはしかし、「ただし書き」があり、日本政府はこれについて、解釈宣言を出し、退去強制の結果の親子分離を擁護している。 これは「連れ去り」の結果の親子分離の容認をする裁判所の姿勢に反映されているのではないだろうか? コラムニストの東京司さんが問題提起する。 「カルデロン一家問題」 もうだいぶ昔の話、2009年のことになりますが、「カルデロン一家問題」という社会問題がありました。詳しい経緯は省きますが、フィリピン人の夫婦が不法滞在して日本で女の子を生んだのだけれど、不法滞在がばれて、入管が親はフィリピンへ強制送還。子どもは日本に在留特別許可を与えるとの判断を示したところから親子が分離させられるという事態になったのです。 弁護士会やアムネスティ・インターナショナルが動いて大きな問題になったのでした。 その後、父母はフィリピンに強制送還されましたが、フィリピンから日本に来て面会する権利は認められたのでした。 入管法と子どもの権利条約はどち
3月15日


一人で抱えないための場所
プレミアムプランのご案内(初回Zoom座談会:4月下旬) 離婚や親子の問題は、多くの場合、静かな孤立の中で進みます。制度は難しく、相談できる場所も限られ、気づけば一人で考え続けてしまう。 けれど本来、これは個人だけで抱える問題ではありません。社会の制度、家族の形、子どもの未来。本来は、もっと多くの人と考え、言葉を交わしながら向き合うべきテーマです。 そこで「ちゃんと共同親権オンライン」では、記事を読むだけでは終わらない場として、 プレミアムプラン を用意しました。 プレミアムプランとは プレミアムプランは、情報の提供だけではなく、 対話とつながりを大切にした上位プラン です。 年会費: 29,800円 内容は次の通りです。 全記事の購読 年2回の会報発送 年6回程度の 非公開オンラインZoom座談会 このZoom座談会は、少人数で行います。公開の場では話しにくいことも、安心して言葉にできるようにするためです。 制度の疑問。親子関係の悩み。これからどう生きていくか。 一人で抱えるのではなく、同じ問題意識を持つ人たちと一緒に考える時間にしたいと思って
3月8日


娘のメッセージを探して。なぜ娘は殺されなければならなかったのか? 親権問題の狭間で 第7話
2016年、秋田市で児童養護施設から一時帰宅中の9歳の千葉愛実さん(当時小学4年生)が殺害された。殺したのは実の母。元夫で父親の阿部康祐さんは行政の対応に不備があったとして、児童相談所を管轄する県などに約8000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。 7年間の別離の日々の末に再会した娘は、変わり果てた姿で阿部さんの前に現れた。 愛実との再会 冷たくなった娘との対面 7年間会えなかった愛実との再会の日は突然やってきた。 「心中か、9歳女児死亡」 新聞記事には大きくそのような見出しがあった。愛実の名前こそ書かれていなかったが、記事に書かれている情報は全て一致している。私は警察へ電話した。 「捜査中ですので何もお答えできません。」という返事。今度は明美のお父さんに電話した。「実は昨日警察署に来るように言われたんだ……。」間違いない! すぐさま警察署へ車をとばし、駐車場へ飛び込んだ。一日中事情聴取を受けた。明美は一命をとりとめていたが、愛実は司法解剖をされていた。取り調べが終わると同時に司法解剖が終わった愛実が警察署へ着いた。...
3月8日


共同親権を獲得する人たち第1回「子どもを見守り続けて」 名乗り出ないお母さんは18年を経て(下)
*本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、3回シリーズの3回目です。 【プロフィール】関きよみ*せききよみ 町田市在住。1965年生まれ、看護師。1997年に離婚し、5歳の息子と3歳の娘と離別する。2007年に「我が子に会いたい親の会」で同じ立場の親たちと出会い、当事者活動をはじめる。2024年から「親子の想いを届ける会・東京支部」で 、親の離婚を経験した子どもたちへの支援活動を行なう。 「子どもの姿を見守るだけで声はかけない」という約束で、関さんが離婚したのは1997年。それから子どもの住む町に出かけ、通う学校に行き、見守り続けていた。自分が会えなかったのは法制度の問題と知った関さんは、成人した子どもに調停を申し立てた。そして2024年5月、民法が変わった。(宗像充) 親権がなくなる 「ただ見守る」という取り決めがあったとしても、関さんもただ手をこまねいていたわけではない。 子どもたちはそれぞれ当時の成人年齢の二十歳になった。離婚後は片親だけが親権を持つといっても、親権者が親権を主張できるのは、未成年の間のことだ。...
2月27日


共同親権を獲得する人たち第1回「子どもを見守り続けて」 名乗り出ないお母さんは18年を経て(中)
*本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、3回シリーズの2回目です。 【プロフィール】関きよみ*せききよみ 町田市在住。1965年生まれ、看護師。1997年に離婚し、5歳の息子と3歳の娘と離別する。2007年に「我が子に会いたい親の会」で同じ立場の親たちと出会い、当事者活動をはじめる。2024年から「親子の想いを届ける会・東京支部」で 、親の離婚を経験した子どもたちへの支援活動を行なう。 「子どもの姿を見守るだけで声はかけない」という約束で、関さんが離婚したのは1997年。それから子どもの住む町に出かけ、通う学校に行き、見守り続けていた。法改正の議論が2024年に高まる中、再び市民活動をはじめることになった彼女は、親と生き別れた子どもとともに、その子の自宅を訪問する。(宗像充) 「お母さんに会いたい」 ひょんなきっかけから活動を再開することになった。 今度は親たちではなく、親の離婚を経験した子どもの支援がその内容だ。そうはいっても、そういった境遇の子どもと直接つながる機会は少ない。 「お母さんに会いたい」と、さかんにシグナル
2月26日


共同親権を獲得する人たち第1回「子どもを見守り続けて」 名乗り出ないお母さんは18年を経て(上)
*本連載は、共同親権に関する活動に取り組んだ人物紹介のレポート、3回シリーズの 1回目です。 【プロフィール】関きよみ*せききよみ 町田市在住。1965年生まれ、看護師。1997年に離婚し、5歳の息子と3歳の娘と離別する。2007年に「我が子に会いたい親の会」で同じ立場の親たちと出会い、当事者活動をはじめる。2024年から「親子の想いを届ける会・東京支部」で 、親の別居・離婚を経験した子どもたちへの支援活動を行なう。 関きよみさんとは、2008年に子どもに会えない親たちが集まってきていた都内の自助グループで出会った。「子どもの姿を見守るだけで声はかけない」という約束で、関さんが離婚したのは1997年。それから子どもの住む町に出かけ、通う学校に行き、見守り続けていた。法改正の議論が2024年に高まる中、彼女の姿を再び見かけるようになった。共同親権という言葉が果てしなく遠い日々からスタートし、彼女の歩みはどこに続くのか。(宗像充) 「親子の想いを届ける会」東京支部ができる 「親子の想いを届ける会は、SNSのXのタイムラインによく出てきていたから知って
2月25日


空白の七年間 なぜ娘は殺されなければならなかったのか? 親権問題の狭間で 第6話
2016年、秋田市で児童養護施設から一時帰宅中の9歳の千葉愛実さん(当時小学4年生)が殺害された。殺したのは実の母。元夫で父親の阿部康祐さんは行政の対応に不備があったとして、児童相談所を管轄する県などに約8000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。 家庭裁判所の調停を申し立て、月に1度娘と会う約束で離婚したはずだった。しかし愛実さんは元妻とともに姿を消した。阿部さんに失意の日々が訪れた。 部屋から出られない 「もう愛実には会えない」私はそう思った。 それでも会いたい気持ちは抑えられず、藁をもつかむ想いであらゆる探偵社へ電話することもあった。 「だいたいそういう場合は身内の人が居場所を知っているんですよね」とも言われたが実際に誰も知らない。明美の祖父が他界した時も、行方不明になっていたため呼ぶこともできなかった。 貪るようにパソコンで調べたが何も答えは出るはずもない。 自分としては手は尽くした。弁護士に相談するという方法もあっただろうが、当時の自分は視野が狭くなっていた。とにかく愛実に会いたかった。心配だった。 様々な想いが交錯し、結果私は引
2月22日
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