顔出し名前出し
- 宗像 充

- 4月16日
- 読了時間: 2分

4月12日にカトリック高円寺教会で、「共同親権って何だろう?」という集会をした。
大手メディアの取材はなかった。すでに新法の施行の時期を逃しているので、話題にしにくいのかもしれない。しかし、反対グループの活動は逐一報道されているので、公平さはない。
登壇したユニークフェイス運動のパイオニアでライターの石井政之さんは、実名顔出しで発言する人の数が、この問題では当事者の数に比して少なすぎると批判した。それが世論を動かす力が当事者運動に乏しい原因の一つだろうという。
2008年に立川市役所で、実名顔出しで、ぼくも含めた3人の親が、親子の引き離しの問題をアピールして、共同親権についての市民運動は始まった。ぼくの場合はフリーランスなので、会社の中で注意を受ける、というようなことはない。それでも、仕事をもらっていた雑誌社の、この件に関する記事のひどさを批判して、取引先を失ったことはある。周りの人にうわさされる程度が怖くて発言はできない。
子どもを奪われた当の本人がメディアの不公正に怒るのは当然なのだが、ライターたちは当事者への共感はあっても、口封じをされたことへの憤りが表現活動のエネルギーになる部分はある。守ってもらって不正を訴えることに対し、「たたかっているのはあなたたちだけではない」と、確認する場になった。
もちろん子どもと会えなくなったら、という危惧はわかる。しかし名乗り出ることで探す姿勢を子どもにアピールすることもできる。やむにやまれぬその思いに、人は心を揺さぶられる。




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